お金は貸すな、あげろ。

全く知らない人赤の他人から、「100万円貸して」と言われて、「はい。喜んで。」と言う人はいないと思います。

もしそんな人がいたらただのお馬鹿さんだと敬遠します。

おそらくそんな人は、色んな人にだまされて人に貸すようなお金はないかもしれません。

では、家族や親友から、「頼む。理由を問わず100万円貸してくれ。」と言われたらどうでしょうか?

もしかしたら、少し気持ちがグラついて、10人中2,3人は貸してしまうかもしれません。

100%ではなくても、10%~20%の確率の人が貸し付けするかもしれません。

ではお金を貸すということは、その人のためになっているか。

というとそれは別問題です。

稲盛和夫さん
はご存知でしょうか?

京セラや第二電電(現KDDI)の創業者で、日本航空(JAL)の会社更生法の適用からたった2年で営業利益2000億円というV字回復
をさせた化け物です。

経営の神様と言われる人です。

稲盛さんは、たくさんの名言を残していますが、特にぐっときた名言で、==============

小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり
==============
という言葉があります。

小さな良いことは、相手にとっては大きな悪いことにつながり、大きな良いことは、それがどんなに将来的に役に立つようなことでも、相手にとっては非情に見えてしまう。

という例えがこの言葉に込められています。

おそらくお金を貸す
という行為自体は、表面的には相手にとって良いことなのかもしれませんが、本質的にその人のためか?
と言われれば、そうではない可能性が高いです。

表面上の解決と本質的な解決は違います。

つまり、お金を貸すということは、どちらかと言えば、「小善」ではないかなと思います。

本質的に相手のためを思って行動するのであれば、お金を貸すのではなく、お金の稼ぎ方を教えた方が相手にとって本質的な解決に向かう可能性が高いです。

ですが、すぐにお金を貸して欲しいという相手に、6ヶ月後にお金が入って来る方法を教えたとしても、「いや、すぐにお金が欲しいんだ。」と言われるかもしれません。

それがどんなに本質的な解決であったとしても、相手にとったら、つめたい。と思われるかもしれません。

僕自身も今もあります。

「●●について聞きたい」と相談されたとしても、本質的な解決を目指そうとすると、結果として話をせざるを得ないのが「××」という話だったり。

経営に困っている相手にとってはとてもめんどくさく、退屈な話かもしれなかったりします。

相手のためにどんなことをすることが本質的に何をやるべきか。

とても大切な考え方
だと思います。

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