30km先はアイスバーン。死を意識する環境で滑り続けた、ニュージーランド武者修行
人生を自由に!カオルさんです。
今回のテーマは、僕が20歳の頃、ニュージーランドでスノーボードをしていた時の話です。僕の「日記」のようなものとして聞いてください。
あれは1999年か2000年頃。会社を辞めて1年間、土木作業員として必死に働いて貯めたお金を持って、僕は新潟へ行きました。実はスノボなんて人生で3回くらいしかやったことがなかったのに、「雪山で生活しよう」と決めていたんです。
スマホなき時代の、無謀な「現地購入」旅
新潟でどっぷりハマって、インストラクターの資格まで取った僕は、仲間と「夏もスノボがしたい」とニュージーランドへ向かいました。
クライストチャーチに着いて最初にしたことは、なんと「車を買うこと」でした。当時は一般の民家が「車売ります」と看板を出していたんです。そこで見つけたのが、1978年製のホンダ・シビック。丸い目の、今のモデルとは似ても似つかない可愛い車でした。
もちろん、事前に国際免許(ドライバーズライセンス)は取っていきました。そのオンボロシビックに、男4人と大荷物をルパン三世の車みたいにパンパンに乗せて、クイーンズタウンを目指したんです。
オーバーヒートと「地球の歩き方」だけが頼り
クライストチャーチからクイーンズタウンまでは、車で10時間以上。当時はGoogleマップなんてありません。「地球の歩き方」を広げて、「たぶんこっちだ」なんて言いながら進むんです。
ところが、古い車ですから2〜3時間も走ればオーバーヒートします。見渡す限りの大自然のど真ん中で車がプスプス止まる。1時間休んで、また2時間走って、また止まる。それを繰り返しながら、丸一日かけて移動しました。今思うと、初の海外でよくそんな無茶をしたなと思います。
日本の雪は「奇跡」。ニュージーランドの洗礼
ニュージーランドの山は、とにかく過酷でした。風が強くて雪が吹き飛ばされるので、ゲレンデは常に「アイスバーン」。カッチカチの氷の板です。
スノボのエッジが全く引っかからない。転ぶと、氷の上に叩きつけられるのでめちゃくちゃ痛い。日本のニセコや新潟に海外から人が殺到する理由がよく分かりました。日本のパウダースノーは、世界から見れば「ワンダフル」な奇跡なんです。
そんなカッチカチの斜面で、現地の人は本当に「アホ」なんです(笑)。
まっすぐ滑るのもままならないレベルの初心者が、どう見ても上級者向けの巨大なジャンプ台(キッカー)に「ウェーイ!」と突っ込んでいく。案の定、空中で背中から地面に叩きつけられ、「死んだな……」と思うような光景を何度も見ました。でも、そんな過酷な環境で滑っていたからこそ、技術も精神も鍛えられたんだと思います。
結論:あの時の「勢い」が、今の自分を作っている
1ヶ月半、バックパッカーの安宿に泊まって自炊しながら、毎日スノボ漬けの日々。
あの時、右も左も分からない海外で、オンボロのシビックを買って「なんとかなる」と進んだあの感覚。あの無謀とも言える「決断力」と「行動力」が、今の僕の根底に流れています。
ニュージーランドでの生活はもっともっと濃い話があるので、興味があればまた続きをお話ししますね。
人生を自由に!カオルさんでした。